【摂食障害についての考え方】TOP

摂食障害がひどいときは「何ができるか」「何ができないか」ということを、当事者が一番よくわかっていないため、「できる限り歪んでいない透明性の高い、しかも写りの良い、よくくっきりうつしてくれる鏡」に援助者はなるべきだと言っている。つまり、援助者はできる限り偏りのない知識と情報とを持って正しい鏡になるということだ。

ここで遠藤は桜の木のたとえを出している。摂食障害という桜の木があるとする。花が摂食障害の症状そのものであり、一番目につくものである。そして枝はやせ願望である。さらに幹は思考のゆがみで目に入りにくいものであり、さらに一番目に入りにくいものは根であって、これは家族関係を表しているという。ここでは、援助者は花ばかりに目がいってしまい、痩せすぎた身体や過食行為を治そうとするが、これは当事者の乱用であり幹や根に焦点をあてていく必要があると主張している。摂食障害のたとえをすることは他の回でもされているが、この桜の木のたとえが一番簡潔でわかりやすかった。しかし、摂食障害に対する考え方は皆ほぼ同じようにたとえている。

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